エッセイ

捨てて後悔したもの

サンタモニカで

 部屋の片付けで迷う時の話に、よく聞く言葉がある。「服を捨てる基準は、1年以上着ていなかったら」とか「ときめかなければ、処分する対象だ」というような話。でも、それも時によりけりかもしれない。

 私は、この手の話を聞いたからというわけではないが、自分の判断で処分した服がある。そして今、大変な後悔をしているところだ。

 その服との出会いは、サンタモニカに住んでいた時のことだ。ファッショナブルなブティックが立ち並ぶ中、私の目をパッと釘付けにした一着があったのだ。薄手のジャケットというか、上に羽織れる感じの大型シャツとでも呼べは良いのか、日本ではあまり見かけないデザインのものだった。 黒と白の色調がモダンであり、布キレ一枚風な仕立てに見えるのが面白い。前側は、同生地で作られたベルトで閉める感じだ。これに一目惚れをしてしまったのである。

 しかし、これを着こなせるようなスタイルでない私は、手にとるのを躊躇。ただ見つめているだけだった。
 (ファッションショーにでも出るような衣装が、私のボディを許してはくれないだろう。これは、背が高くスラっとした方が着るからこそ映えるに決まっている…) 
と、心の中でそんな言葉を聞いていた。

 だが、突っ立ったままの私の元へ、お店の人が近づいてきた。ブロンドのロングヘアー、スパッツが似合う長身スリムで、笑顔が素敵な女性だ。
(そう、この服は正に、あなたのような方が着ると素敵なのよね)
 「Hi, May I help you?」 彼女が声をかけてきた。 私がこの服を好んでいそうなのがわかると、試しに着てみて!と試着を促してきたのだ。

 うん、ちょっとだけ試しに着てみちゃおうかな。 シャツの上から、腕を通させてもらった。彼女は、前側に回ってベルトを締めてくれた。

 「Oh, Sexy!」

(え、セクシー!? 私が!?)

乗せるのがお上手だな、と思いつつも鏡に映った姿は、想像していたほどの酷さではなかった。ずんぐりむっくりの狸が布をまとったようになるかと思っていたが、そこまで悪くない。

 彼女は「下はパンツルックが似合わ。ジャケットのように羽織ってもいいし、そのままワンピースのように着てもセクシーよ」と説明してくださった。
 (でも、ワンピース!?  この服は、ワンサイズだけだよ。それって…私が背が低いからこそ出来る着こなしだ。 まぁ、コンプレックスである背の低さを、ここではちょっと喜んでおくかな。)

 ということで、お店の方にだいぶ乗せられながら、私の決断は “買う” ということになった。お気に入りになったその服は、その後、日本に帰国してからも何度も着ていた。

 しかし、年を取るにつれ、20代の頃のようなファッションが似合わなくなってきた気がした。そのうち袖を通すこともなくなり、存在すら忘れてしまっていた。 そこで、もう着てないし残念だけど処分しちゃおうかな、ということになったわけだ。

 もう、処分してから二十年以上経ったかもしれない。だが、ふっと、あの服を思い出すことがある。

 そして、着てみたい気持ちも起こるのだ。 残滓なデザインだったが故に、もう着ないであろうと勝手に判断をしてしまったあの服。 だが、人の気持ちもまた変わるものである。

 この年にしたら、安っぽい布地と思われるかもしれない。でも、珍しいものをまとって外を歩くのも悪くない。
 
 今になって、捨ててしまったことに後悔だ。

Photo by Photo AC